昭和のヘアカラー

昭和のヘアカラー

昭和に入ってからのヘアカラーの販売はとてもさかんになったと言われています。昭和31年には「パオン」32年に「ビゲン」35年が発売されますがこれらは、染料、のり、酸化剤が瓶に入っているものだったようです。35年には業務用の「パオンデラックスヘアダイ」が、そして39年には美容室で「アンヘアカラー」が使われるようになりました。このあたりから馴染みのある染毛剤が出てくるのですが、42年にシャンプー型のカラー「フェミニン」そして46年には「ビゲンヘアカラー」が登場します。このぐらいになると、名称も何となく耳にした事がある様な名称ですよね。そして画期的だったのは昭和に入ってからは、白髪を黒くするために髪を染める、というだけではなく、逆に黒髪を明るくするためのオシャレ染めという考え方が出始めたんですね。また染毛剤の形状も変わってきたと言われています。瓶詰になっていたものがチューブのクリーム状になってきたようなんですね。これは染めたい部分だけを染めて、必要量だけを使い、残った染料が空気に触れて参加するのを防ぐためにチューブにしたようです。つまり染めたいところを染めたい色にする、という感じで使われるようになったみたいです。それだけ髪に関するオシャレが多様化してきたようですね。美容師が誰もが考えるのは、お客さんを仕上げて店を出る時に、トータル的にバランスの取れているように仕上げてあげたい、という気持ちがあります。確かにカウンセリングの時にお客さんの希望を聞くことも大切のなのですが、お客さんが今日どの様な服装で来られて、どのようなカバンを持って、どのような靴を履いてこられたか、という事は、スタイルの仕上げの部分を考えるにあたって、とても大切に思っているんですね。ですからまじまじと上から下まで見るような事はしませんが、来店時のパッと見の印象というのは美容師にとってはとても大切な様です。そこからカウンセリングでお客さんの希望を聞いて、さらに今日の服装に会うような仕上げの方法を考えて整えるのが美容師のセンスを問われるところ、と言ってよいでしょう。一生懸命に仕上げたけれどもケープを外してみたら、なんだかバランスが悪い、というのでは困りますよね。ですから定期的な来店のお客様の場合、お客さんがどのような服装で来なくてはいけない、という事よりも、美容師がその服装から察して、いちばんバランスの良い仕上がりにして、店を出る時に今日最高のトータルコーディネートになるように、導いてあげなくてはいけない、というのが美容師のあり方だというわけですね。平井 美容室